三種の浄肉

さんしゅのじょうにく
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見・聞・疑 のない肉を浄肉といいます

  1. 見は自分のために生き物を殺しているのを見ること。
  2. 聞は自分の為に生き物を殺そうとか、殺しているという話を聞くこと。
  3. 疑はどうも自分の為に殺したらしいと疑いをもつこと。

上記の三種類の場合以外の肉は、食べても良いとされています。ようするに自分の食の為に殺生したり、させたりしてはいけないと言うことです。

仏教行事のあとで「精進落とし」と称して、わざわざ肉や魚を食べる風習があります。これは精進の期間が過ぎた印として、あるいはごく短期間であっても、それまで精進していました、という印にわざわざ肉や魚を一部添えます。例えば法事の後の会食などがそうです。

また祝い事のお膳に尾頭を付けたり、正月の塩鮭など一匹まるごと使うのは 「まぎれもなく祝い事です」 という印です。

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