喫  茶

きっさ
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お茶は、温暖多雨の地方で栽培されるツバキ科の常緑樹です。
お茶は、飲用とされる以前に食用の段階があった、と考えられています。
お茶は、はじめ薬用として飲まれました。

 

 

 お茶の伝来

お茶は平安時代、最澄や空海など、中国に留学した僧侶によって日本へ伝えられました。

天皇を中心として宮廷貴族の間に広まり、茶園も作られましたが、当時のお茶は、製法も飲み方も現在のものとはかなり異なり、薬用として飲まれたり、儀式や行事で用いられる程度でした。

鎌倉時代になってから、禅僧の栄西が新しい抹茶の茶法と茶種を中国から持ち帰り、お茶の新しい時代が始まります。

各地でお茶の栽培が進み、抹茶を飲む風習が広がり、薬用だけでなく、嗜好飲料としても広がり、室町時代には茶の湯という芸道が出来上がります。

 喫茶養生記 きっさようじょうき

栄西が書いたお茶の本で、日本最古のお茶の本と言われています。喫茶と喫桑の薬効を説いた本です。当時は医学書扱いでした。茶桑経ちゃそうきょうと呼ばれたこともあります。

1ページ約140字で、上下巻合せて30ページ程の本です。

上巻は、五臓の調和が健康の基本であることが書かれ、心臓が必要とする苦味は、日常の飲食からは摂取困難で、これを解決するのが飲茶である、とされています。

そして、木の栽培方法、摘み取り方、お茶の製造方法などが書かれ、ご真言とお茶をもって五臓の病を治す方法についても書かれています。

下巻では、末法の時代なので、鬼や妖怪などが横行し、国土や人心が乱れ、それが飲水病、中風、不食病、瘡病、脚気などを呼び込むとされ、それぞれの症状の解説と、治療には桑の木と茶木を用いることが有効とされています。

 喫茶去 きっさこ

禅の言葉です。喫茶去は、「まあ、お茶でもお飲み下さい」と解釈されるのが一般的で、茶席の禅語として親しまれています。

しかし、禅語としての本来の意味は、字面の通り 「お茶でも飲んで去れ」 あるいは 「お茶でも飲んで来い」 と叱咤する言葉といわれます。

禅問答の話に、このようなものがあります。

和尚のところに修行僧が教えをこいにやって来た。
  和尚 「以前にも、ここに来たことがおありか?」 
  修行僧 「はい、以前にも参りました。」
  和尚 「喫茶去」=さようか、ならばお茶でも一服おあがりなさい。

あるとき別の修行僧がやって来た。
  和尚 「以前にも、ここに来たことがおありか?」
  修行僧 「いえ、はじめてです。」
  和尚 「喫茶去」

これを聞いていた院主が
 「和尚は、以前に来た人にも、はじめて来た人にも、"喫茶去"と同じことを言われるが、どうしてですか?」

和尚は質問には答えず 「院主さん!」
  院主は思わず 「はい」 
  すると和尚は 「喫茶去」

私たちはおうおうにして、好きな人や、金持ちの人、身分の高い人には鄭重なおもてなしをし、嫌いな人や、貧しい人にはいい加減な対応をしてしまいがちです。

だれにでも分け隔てなく、真心で接すること、大切ですね!

  

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