脚下照顧

きゃっかしょうこ
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自己を見つめる。自己を究明する。自己を見失わない。

 はきものを揃える標語?

お寺の玄関や手洗いなどで「脚下照顧」「照顧脚下」「看脚下」などの文字を見かけたことがあると思います。禅系統で好んで使われる言葉です。いずれも「足下を見なさい」から転じて「履き物をそろえましょう」と標語的に使われています。

しかし、真意はもっと深いところにあります。脚下とは自分の足下。自分の足下を顧みるとは「我が身」や「我が心」を振り返れ、自分が今どうゆう立場にいるか、よく見極めて事に当たれと言うことです。

私たちは日々次から次へと様々なことに流されて、自分のことを静かに見つめる機会があまりありません。「灯台もと暗し」と言うように、他人のことはよく分かりますが、自分のことは分かりにくいものです。

 日常が修行の場所

他人の批判はできても、自分の批判はなかなかできません。他人のことを論ずるより、まず自分を見つめなくてはいけません。理想を高く持つならば、より足下をおろそかにしてはいけません。

環境の整ったところだけが修行の場所ではありません。日常生活も修行の一部です。どんなに忙しいときでも、履物をそろえて脱ぐくらい、心のゆとりが欲しいものです。

心にゆとりが出来れば自分自身の姿もよく見えてくるでしょう。自分の履物をそろえることは、そのまま自分の心の整理整頓となります。自分で履物をきちんとそろえて脱げるようになったら、他人の履物の乱れも直しましょう。

履物をそろえて脱ごう、心がおちつく。履物が乱れていたら、そっとそろえておこう、みんなの心がおちつく。
靴下も脱ぎ捨てないで下さいね。

玄関を見れば、その家のレベルや生活態度が良く分かるといいます。玄関は家の顔です。履き物が綺麗にそろっている家は、家族みんなの心がそろっているからでしょう。

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